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京都地方裁判所 平成3年(行ウ)12号 判決

原告

グループ市民の眼

右代表者事務局長

折田泰宏

右訴訟代理人弁護士

秋田仁志

浅野則明

安保嘉博

飯田昭

井上博隆

小笠原伸児

高見澤昭次

出口治男

豊田幸宏

中村広明

野々山宏

深尾憲一

山崎浩一

森田雅之

牧野聡

加藤眞理

新谷正敏

被告

京都府知事

荒巻禎一

右訴訟代理人弁護士

堀家嘉郎

前堀克彦

主文

一  被告が、原告に対し、平成二年六月一九日付けでした平成元年度の「交際費に係る資金前渡金受払表」摘要欄中の名刺印刷代、タバコ代、印刷及び飲料代以外の支出相手方記載部分を非公開とした決定のうち、別表記載の「取引業者名が記載されているもの」を非公開とした部分を取り消す。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、原告に対し、平成二年六月一九日付けでした平成元年度の「交際費に係る資金前渡金受払表」(以下「本件公文書」という。)摘要欄中の名刺印刷代、タバコ代、印刷及び飲料代以外の支出相手方(以下「本件情報」という。)記載部分を非公開とした決定部分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告のした、京都府情報公開条例(昭和六三年四月一日京都府条例第一七号、以下「本件条例」という。)に基づく本件公文書の公開請求に対して、被告がその一部を非公開とした本件処分をしたので、その取消を求める抗告訴訟である。

二  争いがない事実

1  当事者

(一) 原告は、京都府に事務所を有する法人格のない社団である。

(二) 被告は、京都府知事として、本件条例一条一項の実施機関である。

2  本件公文書の一部非公開処分の存在と不服申立経由

(一) 原告は、平成二年六月五日、被告に対し、「一九八九年度知事交際費の使途明細(日時、金額、相手先、目的等)」を内容とする公文書の公開を請求した。

(二) 被告は、対象公文書を本件公文書であると特定し、同年六月一九日、本件公文書記載の資金前渡金受領ごとの年月日及び金額、支出一件ごとの年月日、支出金額及び支出目的を公開とし、支出相手方を非公開とする本件処分を行い、原告に対し、その旨通知した。

(三) 原告は、本件処分を不服として、平成二年八月九日、被告に対し、異議申立てを行った。

(四) 被告は、同年八月二七日、右異議申立てについて、京都府公文書公開審査会(以下「審査会」という。)に諮問した。

審査会は、同年一二月二六日、被告に対し、本件処分のうち、名刺印刷代、タバコ代、印刷代及び飲料代に関する支出相手方については公開すべきであるが、その余の判断は妥当であると、答申した。

(五) 被告は、平成三年一月二九日、「本件処分について、本件公文書のうち名刺印刷代、タバコ代、印刷代及び飲料代の支出相手方記載部分については、これを取り消す。本件異議申立てのその余の部分は、棄却する。」との決定を行い、原告に対し、その旨通知した。

三  争点(本件処分の適法性)

1  本件条例五条六号の合憲性

2  本件情報の本件条例五条六号前段該当性

3  本件情報の本件条例五条六号後段該当性

4  本件情報のうち、別表記載の「交際相手名(個人)が記載されているもの」及び「取引業者名が記載されているもの」の本件条例五条一号該当性

5  本件情報のうち、別表記載の「交際相手名(団体)が記載されているもの」及び「取引業者名が記載されているもの」の本件条例五条三号該当性

四  争点等に関する当事者の主張(被告)

1  本件処分の前提事実について

(一) 本件条例の非公開情報

本件条例五条には、「次の各号のいずれかに該当する情報が記載されている公文書については、公文書の公開をしないことができる」旨規定され、その一号に「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、個人が特定され得るもののうち、通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」、三号に「法人(国、地方公共団体その他これらに類する団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの(人の生命、身体若しくは健康に危害を及ぼすおそれのある事業活動又は人の財産若しくは生活に対して重大な影響を及ぼす違法若しくは著しく不当な事業活動に関する情報を除く。)」、六号前段に、「府若しくは国等が行う審議、検討、調査研究その他の意思形成の過程における情報であって、公開することにより、当該若しくは同種の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生じるおそれのあるもの」、六号後段に、「府若しくは国等が行う取締り、監督、立入検査、試験、入札、交渉、渉外、争訟、許認可その他の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該若しくは同種の事務事業の目的が達成できなくなり、若しくはこれらの事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じるおそれのあるもの」と規定されている。

(二) 知事交際費の性格等

(1) 知事は、京都府行政の円滑な執行を図り、公共の福祉を増進するため、広範囲かつ多数の関係者及び関係団体(以下「関係者等」という。)との良好な信頼関係、協力関係を形成、維持、確保する必要があり、京都府を代表して、関係者等に対し、慶弔関係、式典、各種会合等への出席、病気等の見舞い、来訪者の接遇などを行っている。

このように知事が渉外等対外的な事務事業を遂行する上で必要な経費が、知事交際費である。

(2) 知事交際費は、秘書課の予算として計上され、経費の性質上即時現金払いの必要があるため、資金前渡吏員(秘書課長)が資金前渡を受け、慶弔関係、激励金、見舞金、贈答品代、会費等、一件ごとに知事の裁量によって支出されている。

(三) 本件公文書の性格

本件公文書は、知事が関係者等と行う渉外等対外的な事務事業の遂行に伴って必要とした交際費を一件ごとに経理したものであり、これらには、知事交際費の資金前渡金受領の年月日、額、支出の年月日、目的、相手方及び額がそれぞれ記載されている。

2  争点1

原告は、本件条例五条六号が違憲であると主張しているが、情報公開請求権は、本件条例によって創設された権利であるから、憲法に直接関わる違憲無効の問題は生じない。

非公開事由の該当性は、本件条例の規定の解釈適用によって判断するべきであり、憲法上の権利である表現の自由を制限する場合に適用されるいわゆる合憲限定解釈の法理や明白性の原理が適用される余地はない。

3  争点2

本件情報を非公開としたのは、本件条例五条六号前段に該当するからである。

知事の渉外等対外的な事務事業は、前記のとおり京都府行政の円滑な執行等を図ることを目的として関係者等と府との良好な信頼関係、協力関係を形成、維持確保するために行われるものであり、知事は、予算の範囲内で相手方の地位、府との関係の濃淡、貢献度の大小等を考慮して、交際費を支出するか否か、あるいは支出するとして何をどの程度支出するかなどを合理的な裁量により、意思形成を重ねつつ反復、継続して決定している。

本件公文書は、知事の右裁量の結果が記載された情報であり、また、知事が同種の渉外等対外的な事務事業を行う際に、交際費の支出決定を行う上で、裁量の尺度となるものである。

したがって、本件情報は、本件条例五条六号前段の「意思形成の過程における情報」に当たり、本件情報を公開すると、既に公開した情報と照合することにより、知事の裁量の範囲、尺度までも明確にすることとなり、府民に無用の誤解を与え、今後、知事が関係者等との交際の位置付けを決定する際に、知事の裁量の効果的な行使が妨げられ「同種の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生じるおそれ」がある。

よって、本件情報は、本件条例五条六号前段に該当する。

4  争点3

本件情報を非公開としたのは、本件条例五条六号後段に該当するからである。

知事が行う渉外等対外的な事務事業は、本件条例五条六号後段に例示されている「渉外」の事務事業に当たる。

右事務事業に関する本件情報は、単に経理状況を示すだけでなく、関係者等の範囲、内容、程度等をも表すものである。すなわち、知事の交際相手方となり又はならないこと自体及び交際の程度等から、関係者等に対する京都府の評価、位置付けを表すものである。したがって、本件情報を公開することにより、右内容が明らかになると、関係者等が他の関係者等と比較したり、不特定の者に交際の程度を知られることにより、府に対する不満あるいは不快の念を抱き、今まで培われてきた良好な信頼関係、協力関係が損なわれるおそれがある。

また、知事が行う渉外等対外的な事務事業には慶弔、見舞い等の儀礼的な行為が多く含まれているが、その内容を公開すること自体が儀礼に反する行為であり、社会的慣習からして関係者等も公開されることは予想しておらず、かつ、望まないことから、右内容を公開することにより、府に対する信頼を失うこととなり、今まで培われてきた良好な信頼関係が損なわれるおそれがある。

したがって、本件情報を公開すると、関係者等との良好な信頼関係等が損なわれ、本来の交際の目的が達成できなくなり、結果として、具体的事案に応じた適切な渉外等対外的な事務事業の執行が困難となり、「当該若しくは同種の事務事業の目的が達成できなくなる」。

さらに、渉外等対外的な事務事業は、その性質上将来とも反復、継続して行いその目的を達成することから、本件情報を公開することは今後の裁量の行使を硬直化させ、「当該若しくは同種の事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じるおそれ」がある。

よって、本件情報は、本件条例五条六号後段に該当する。

5  争点4

本件情報のうち、別表記載の「交際相手名(個人)が記載されているもの」(以下「交際相手名(個人)」という。)及び「取引業者名が記載されているもの」(以下「取引業者名」という。)を非公開としたのは、本件条例五条一号に該当するからである。

(一) 本件情報のうち「交際相手名(個人)」は、知事の交際相手方である個人等が記載されており、「個人に関する情報であって、個人が特定され得る」情報に当たる。

本件公文書には、慶弔、見舞い等の儀礼的な性格を有した行為に係るものが多分に含まれており、これら儀礼的な行為は、各地域の慣習等に基づき、信頼関係等を維持、確保するために従来から行われている社会的慣行である。このような儀礼的行為の内容について第三者に公表することは、慣習的にも前提としていないし、また、知事の交際費の多寡や支出の有無など相手方に対する評価が記載されていることからも、公開を予定している行為であるということはできず、当然相手方においても「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」に当たる。

よって、「交際相手名(個人)」は、本件条例五条一号に該当する。

(二) 本件情報のうち「取引業者名」は、知事が交際に利用した業者等が記載されており、右取引業者名を公開することにより、既に公開した情報、あるいは一般人が通常入手しうる関連情報と照合することによって、例えば、新聞記事との照合あるいは直接業者に問い合わせる等によって、交際の相手方である個人が識別されるおそれが多分にある。

よって、「取引業者名」は、本件条例五条一号に該当する。

6  争点5

本件情報のうち、「交際相手名(団体)が記載されているもの」(以下「交際相手名(団体)」という。)及び「取引業者名」を非公開としたのは、本件条例五条三号に該当するからである。

(一) 本件情報のうち「交際相手名(団体)」は、知事の交際の相手方である団体が記載されており、既に公開された情報と照合することにより、団体の社会的活動等を表す「法人等に関する情報」に当たる。

これら情報は、通常個別具体的に公開されているものではなく、公開することにより、当該団体ひいてはその代表者と知事との交際の有無、交際の程度から、当該団体に対する府の評価や、さらには、当該団体の社会活動の範囲が明らかになり、当該団体の社会的信用や社会的評価に影響を及ぼし、取引上の利益を害することが予想されるので、同業者間での「競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」に当たる。

よって「交際相手名(団体)」は、本件条例五条三号に該当する。

(二) また、本件情報のうち「取引業者名」を公開することにより、既に公開した情報、あるいは一般人が通常入手しうる関連情報と照合することによって、交際の相手方である法人等が明らかになり、右法人等の社会的信用や評価に影響を及ぼし、取引上の利益を害するおそれがある。

よって、「取引業者名」は、本件条例五条三号に該当する。

(原告)

1  争点1

(一) 憲法二一条一項あるいは同法二五条、国民主権、参政権、住民自治の原理は、「知る権利」を基本的人権として保障しており、本件条例は、右「知る権利」を具体化したものである。

(二) 本件条例五条六号前段は意思形成過程の情報の公開を制限するものであるが、かかる制限は、行政の意思形成に民意を反映させるという意義を損ない、民主主義の理念に反するものであるから「知る権利」を不当に侵害するものとして違憲無効である。

(三) また、同条号は、当該若しくは同種の意思形成を公正かつ適正に行うことに著しい支障が生じるおそれを要件とするが、右要件には、明確かつ具体的な理由がなく、「過度に広汎な規制」あるいは「不明確な規制」であるから、違憲無効である。

2  争点2

本件情報は、慶弔関係を中心とした被告の交際費の支出の相手方が記載されている情報であるから、右情報をもとにして、あるいは右情報にさらに意見交換や検討が加えられ、一定の結論を導くことなどおよそ考えられない性質のものであり、本件条例五条六号前段に「審議」「検討」「調査研究」と例示されているような、一定の結論に達する過程の段階における「その他の意思形成の過程における情報」に当たらない。

3  争点3

(一) 「渉外」事務事業とは、最終的に合意の成立に向けて対外的に折衝調整をしていくことが必要とされる事務であるが、本件公文書は、ほとんどが慶弔関係で、その他に激励金、見舞金、贈答品代、会費等があるに過ぎず、折衝段階の意見や対応などは何ら明らかとはならない。

よって、本件情報は、本件条例五条六号後段の「渉外」事務事業に当たらない。

(二) また、左記のとおり、同条項に規定する「目的の不達成」「執行に著しい支障が生じるおそれ」はなく、同条項に該当しない。

(1) 一般的に府と交際していることは不名誉なことではなく、そのことが部外者に知られることにより、府に対して不満を持つとか、府に対する信頼を失うということはあり得ない。

(2) 知事の交際が合理的裁量をもつとしても、知事が不要、不適当な交際をしていた場合に府民に知られて批判がなされることは健全な事態であり、知事の裁量を害することにはならない。

(3) 本件情報のうち「取引業者名」については、右情報を公開することによって、知事の交際の相手方が特定されるおそれがあることや、それによって、交際の目的が達成できなくなることなどが、被告によって具体的に主張立証されていない。

(4) 本件情報のうち相手方に対し樒、生花、供花などを送ったものについては、知事名を公にしたうえで不特定多数の者が出入りする葬儀会場等に掲げられるのであるから、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることが予定されているものである。

(5) 被告は、本件情報を公開すると、どのような相手方との間において、府政の適正な運営のため必要のある信頼関係、友好関係が損なわれるおそれがあるのか、それによって、どのような目的が達成できなくなるのかなどを具体的に主張立証していない。

4  争点4

被告は、「交際相手名(個人)」や「取引業者名」が「個人情報」に該当することを具体的に主張立証していない。

また、私人である相手方に係り、相手方が識別できるようなものでも、知事との交際は、私人である相手方にとって単に私的なものにとどまらず、何らかの意味において公的な意味を持っていることが多く、このような知事との交際は、プライバシーとして保護を受けるべきものであるとは言い難く「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」に当たらない。

5  争点5

本件情報のうち「交際相手名(団体)」や「取引業者名」は、専ら知事の公的な交際の状況を記載したものであり、「法人等に関する情報」に当たらない。

また、右情報のなかには、事業者の営業上の秘密やノウハウ等が記録されているわけではなく、知事との交際を公開されたからといって、当該事業者の競争上の地位が害されることはあり得ず、「法人等の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」に当たらない。

第三  争点の判断

一  事実認定

証拠によれば、以下の事実が認められる。

1  被告主張1(一)のとおり、本件条例五条各号には、公文書の非公開事由が規定されている。

(甲一)

2  被告主張1(二)のとおり、知事は、府行政の円滑な執行等を図るため、関係者等との良好な信頼関係、協力関係を、形成、維持、確保する必要があり、関係者等に対して、京都府を代表して、慶弔行事、式典、各種会合等への出席、病気等の見舞い、来訪者への接遇などを行っている。

知事の右事業のため必要な経費が知事交際費であり、秘書課の予算として計上され、秘書課長が資金前渡を受け、知事が、慶弔関係、激励金、見舞金、贈答品代、会費等一件ごとに裁量によって支出している。

(証人南北幸雄)

3  被告主張1(三)のとおり、本件公文書は、知事が関係者等と交際するに伴って経費が必要となった場合、それら交際費を一件ごとに経理したものであり、知事交際費の資金前渡金受領の年月日、額、支出の年月日、目的、相手方及び額がそれぞれ記載されている。

(甲二、証人南北幸雄)

4  京都府作成の情報公開条例の解釈運用基準(甲一、以下「基準」という。)によると、本件条例五条六号前段の趣旨は、府の行う事務事業の中には、審議、検討、調査研究を積み重ねながらその意思が形成されていくものがあり、このような審議等に係る検討資料は、それ自体が決裁又は閲覧の手続を終了したものであっても、最終的な府としての意思決定が得られていない情報であり、これら情報を公開すると、府民に無用の混乱や誤解を招いたり、一部の情報利用者に不当な利益を与えたり、行政内部の自由で十分な意見交換を行うことに著しい支障が生じるおそれがあるため、また、最終の意思形成に至った後においても、その過程における情報を公開することにより、将来の同種の事務事業の公正かつ適切な意思形成に同様の支障が生じる場合があるため、これらに係る情報について非公開とすることができると定めたものと解される。

(甲一)

5  基準によると、本件条例五条六号後段の趣旨は、府の行う事務事業の中には、その性質上、関係する情報を公開すると、当該又は同種の事務事業を実施しても、予想どおりの成果が得られず、実施する意味を喪失したり、特定の者に不当な利益を与えたり、経費の著しい増大や実施時期の大幅な遅延を招くなど、事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じる場合があるため、これらに係る情報について非公開とすることができると定めたものと解される。

(甲一)

6  基準によると、本件条例五条一号の趣旨は、個人のプライバシーの保護に最大限の配慮をし、個人のプライバシーに関する情報が公開されてプライバシーが侵害されることのないよう、特定の個人が識別され、又は識別され得る情報を非公開の対象とした上で、本件条例の目的に照らして、公開を請求する市民の権利を保障するという観点から、通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものが記録されている公文書について、非公開とすることを定めたものと解される。

そして、「個人が特定され得る」情報とは、氏名等のように個人が明らかに特定される場合はもとより、ほかの情報と組み合わせることにより個人が特定される可能性がある場合も含み、「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる」情報とは、①個人の内心の秘密に関するもの、②個人の経歴、社会活動に関するもの、③個人の家庭状況に関するもの、④個人の財産状況に関するもの、⑤個人の心身の状況に関するもの等、通常他人に知られたくないと望むことが社会通念上正当と認められる情報を意味するものと解される。

(甲一)

7  基準によると、本件条例五条三号の趣旨は、法人等の営業の自由、公正な競争は十分に尊重、保障されなければならないため、技術又は販売上のノウハウ、法人等の内部事情、名誉、信用、社会的評価等、公開することにより法人等の競争上の地位その他正当な利益を明らかに害すると認められる情報が記録された公文書について、非公開とすることを定めたものと解される。

(甲一)

二  争点1(本件条例五条六号の合憲性)

1  一般に、民主主義社会において、国民が合理的な範囲で公的情報に接近することができるような制度を創設することは、国民の「知る権利」を実効あらしめるものであり、情報公開条例は、地方自治の場において、住民の地方公共団体に対する「知る権利」を具現化し制度化するものといえる。

しかしながら、「知る権利」が、憲法二一条等の派生原理として導かれるものであり、表現の自由と表裏一体のものとして尊重されるべきものであるとしても、それが、知ることを妨げられない自由権としての性格を有することは格別、そのほかに、積極的に公権力、行政機関に対して情報の開示を求めることまでできる権利であるとはいえず、明定する立法がなければ具体的な請求権が発生しないという意味で抽象的権利にとどまるものであると解するのが相当である。

そうすると、住民に公的な情報に対する開示請求権を付与するか否か、いかなる限度で、どのような要件の下で付与するかについては、いずれも当該地方公共団体における立法政策の問題であり、具体的な情報公開請求権の内容、範囲等を判断するにあたり、憲法二一条等の趣旨、目的等から解釈基準を導き出し、適用されるものではなく、各条例の規定の文理を解釈適用することによって判断すべきものである。

2  したがって、原告は、本件条例五条六号前段について、「知る権利」を不当に侵害するものとして違憲無効である、あるいは、同条号の要件について、「過度に広汎な規制」若しくは「不明確な規制」として違憲無効であると主張するが、同条号の内容、範囲等を判断するにあたり、憲法二一条等の趣旨、目的等から解釈基準が導き出されるものではなく、同条号は、憲法二一条一項その他の憲法の各規定に違反するものではない。(最高裁平成六年三月二五日判決裁判集民事一七二号一六三頁参照)

三  争点2(本件情報の本件条例五条六号前段該当性)

本件条例五条六号前段の趣旨は、前示一1、4のように、府の行う事務事業の中で、審議、検討、調査研究を積み重ねながら意思を形成していく場合に、それら検討資料に係る情報について非公開とすることができると定めたものであるところ、本件公文書は、前認定のように、知事の関係者等との慶弔関係あるいは儀礼的な交際に支出を伴う場合に作成された経理文書であり、知事が同種の交際事務を行うにあたり支出決定をなす際の尺度になるとしても、右決定は審議、検討、調査研究を積み重ねながら意思を形成していく場合には当たらず、検討資料に係る情報とは認められない。

したがって、本件情報は、本件条例五条六号前段に該当しない。

四  争点3(本件情報の本件条例五条六号後段該当性)

1  本件に係る知事の関係者等との交際は、関係者等との良好な信頼関係、協力関係を形成するという儀礼的交際事務であり、それ自体が交渉等事務にあたるとはいい難いが、広い意味で、府行政の円滑な運営を図ることを究極の目的として行われるものであるから、本件条例五条六号後段にいう「交渉、渉外、その他」のうちの少なくとも「その他」の事務に含まれると解される。

よって、本件情報を開示しないことができるか否かは、前示一1、5の本件条例五条六号後段の趣旨より、これらの情報を公開することにより、当該又は同種の事務事業を実施しても、予想どおりの成果が得られず、実施する意味を喪失したり、特定の者に不当な利益を与えたり、経費の著しい増大や実施時期の大幅な遅延を招くなど、事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支障が生じるおそれがあるか否かによって決定されることになる。

2  本件公文書の記載のうち、資金前渡金受領ごとの年月日及び金額、支出一件ごとの年月日、支出金額及び支出目的は既に公開されており、支出内容は、香典、樒代、生花(花輪、供花、手桶、蓮華)、灯籠代、祝金、見舞金、激励金、会費、ジュース代、贈答品、花盛りかご、花束代であって(甲二)、すべて慶弔関係あるいは儀礼的な交際に係る出費であることが認められる。

そして、本件情報を公開することにより、交際の相手方の氏名等が明らかにされることになれば、交際費の支出の要否、内容等は、府の相手方との関わり等をしん酌して個別に決定されるという性質を有するものであるから、既に公開されている支出金額等と合わせ判断して、府に対する不満や不快の念を抱く者が出ることが容易に予想される。そのような事態は、交際の相手方との信頼関係あるいは友好関係を損なうおそれがあり、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の目的が達成できなくなるおそれがあるというべきである。

したがって、本件情報のうち、交際の相手方が識別され得るものは、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものなど、相手方の氏名等を公表することによって前記のようなおそれがあるとは認められないようなものを除き、本件条例五条六号後段により、公開しないことができる文書に該当するというべきである。

3  そこで、以下判断するに、本件情報のうち「交際相手名(個人)」及び「交際相手名(団体)」については、右情報が公開されることにより、交際の相手方が明らかになるのであるから、本件条例五条六号後段により公開しないことができる文書に該当する。

4  原告は、交際の相手方に対し樒、生花、供花などを送ったものについては、知事名を公にしたうえで不特定多数の者が出入りする葬儀会場等に掲げられるものであるから、相手方の氏名等が外部に公表、披露されることが予定されていると主張する。

しかしながら、葬儀会場等における樒、生花、供花などは、送り主の氏名(本件においては、知事が当該死者と交際があることなど)が明らかになるにすぎないが、本件公文書の本件情報として交際の相手方を公開した場合には、既に公開されている支出金額等と合わせ判断して、知事との交際の有無のみならず、交際の程度等が明らかになるのであるから、樒、生花、供花などが葬儀会場等に掲げられることをもって、本件情報として相手方の氏名等が外部に公表、披露されることが予定されているとはいえない。

よって、原告の主張を採用することはできない。

5 本件情報のうち「取引業者名」については、右情報を公開したとしても、既に公開されている資金前渡金受領ごとの年月日及び金額、支出一件ごとの年月日、支出金額及び支出目的と照合しても、交際の相手方が識別されるとは認められず、また、新聞情報と照合したり、業者に問い合わせることによって、相手方が識別されるおそれがあると認めるに足りる証拠もない。

よって、「取引業者名」は本件条例五条六号後段に該当しない。

五  争点4(本件情報のうち「交際相手名(個人)」及び「取引業者名」の本件条例五条一号該当性)

1  本件公文書は、知事の交際等対外的事務事業に支出を伴う場合に作成された経理文書であるが、これに記載された交際の相手方(個人)からすると、知事から慶弔、見舞い等の交際を受けた事実に係る情報として前示一1、6の「個人に関する情報であって、個人が特定され得るもの」に当たると認められる。

してみると、右情報が、公開しないことが正当であると認められるもの、すなわち、他人に知られたくないと認められるものに該当するかであるが、弁論の全趣旨を総合すると「交際相手名(個人)」はすべて私人であることが認められるから、知事から慶弔、見舞い等の交際を受けたという事柄は、当該個人にとって極めて私的なプライバシーに属する事柄であるといえる。そして、本件公文書のうち支出年月日、額、目的等は既に公開されているのであるから、「交際相手名(個人)」を公開されることによって、他の関係者等と較べて額が多いか少ないか、支出を受けたか否かといった事が明らかになるのであり、これらを知られたくないと考えるのは、社会通念上当然のことと認められる。

よって、「交際相手名(個人)」は、本件条例五条一号に該当するというべきである。

2  原告は、相手方が私人であっても、知事が公的に交際するものは、プライバシーの保護を受けるものではないと主張するが、知事の交際は、それが知事の職務としてされるものであっても、私人である相手方にとっては、あくまで私的な出来事といわなければならず、「交際相手名(個人)」の本件条例五条一号該当性を妨げるものではない。

3  本件情報のうち「取引業者名」については、被告は、右情報を公開することにより、既に公開した情報や新聞記事等と照合することにより、あるいは直接業者に問い合わせる等により、交際の相手方が識別され得るおそれが多分にあると主張し、証人南北の右主張に沿う証言がある。

しかしながら、前記四5認定のとおり、取引業者名を公開することにより、交際の相手方が識別されるおそれがあると認めるに足りる証拠はない。

よって、「取引業者名」は、個人が特定され得る情報に当たらず、本件条例五条一号に該当しないというべきである。

六  争点5(本件情報のうち「交際相手名(団体)」及び「取引業者名」の本件条例五条三号該当性)

1  本件情報のうち「交際相手名(団体)」については、交際の相手方である団体からすると、知事から慶弔、見舞い等の交際を受けた事実に係る情報である。

前示一1、7のとおり、本件条例五条三号は、法人等の営業の自由を保障するために、その競争上の地位その他正当な利益を明らかに害すると認められる情報を非公開と定めたのであるところ、「交際の相手名(団体)」を公開すると、団体と府との交際の程度、さらには団体の社会活動の範囲や評価が明らかになるとしても、右情報は、当該団体の競争上の地位等を害する情報とはいえず、「事業に関する情報」には当たらない。

したがって、「交際相手名(団体)」は、本件条例五条三号に該当しない。

2 本件情報のうち「取引業者名」については、前記四5認定のとおり、右情報が公開されることによって、交際の相手方である法人、団体等が識別されるおそれがあると認めるに足りる証拠はない。

仮に、取引業者名を明らかにすることにより交際の相手方である法人、団体等が識別されたとしても、右1同様、右情報は当該法人、団体等の「事業に関する情報」に当たらない。

よって、「取引業者名」は、本件条例五条三号に該当しない。

第四  結論

以上のとおり、本件処分のうち本件情報中の「交際相手名(個人)」及び「交際相手名(団体)」を非公開とした部分は正当であるが、「取引業者名」を非公開とした部分は違法であり、取消を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官中村隆次 裁判官池上尚子)

別表交際費非公開部分記載内容〈省略〉

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